2010年12月13日午後4時30分、南青山にあるリージャス青山の会議室で開かれた『ノマドワーカー・ミートアップ』というイベントにわたしは参加していました。
主催は『「どこでもオフィス」仕事術』を書かれ、今では普通に友達になってしまった中谷健一さんでした。
***
なぜそのイベントに突然参加したのか、実は自分でも良く覚えていません。
ノマドという仕事の仕方自体は、1990年代にプアな電池性能しかないノートパソコン(1回の充電で3時間程度しか作業できない)でやり始めてからずーっと継続していたので、その作業のスタイルに名前がついたんだ~程度にした認識していませんでした。
その会の中で行われたショートプレゼンテーションの一つに、松田 顕さんの『世界で拡がる「コワーキング」』というモノがありました。
プレゼンの内容自体はあまり良く覚えていませんが^_^;、正直に言うと「ふーん」以外の感想はありませんでした。
所詮海外の話か?程度の認識でしかなかったんですね。
イベントの最後が交流パーティだったのですが、そこで何人かと名刺を交換。
その中の一人(佐谷さん)から、「明後日(15日)にJellyやるから来ない?絶対楽しいから」と誘われた事から、わたしの運命は大きく方向を変えることになりました。
***
12月15日(水)午後6時、わたしは経堂にあるPAX Coworkingに来ていました。
この日から次女の出産のため嫁が産休に入ったというのも良いタイミングだったんだと思います。もし産休入りが16日からだったら、このイベントに参加していなかったんじゃないかな。
コワーキングもJellyもなんなのか全く理解していないながらも、なんとなくノリで参加しただけでしたが、参加者各自が3分間のライトニングトークを始めるあたりから「こりゃ面白しろいや」と感じていました。
わたしがこのときやったプレゼン内容は、介護家族の苦労を軽減するサイト作りみたいな物でしたが、そこでかなりのフィードバックをいただきました。
そしてその後の懇親会。
当時両親の介護が終了したばかりで、そう呑みに行く機会もなかったわたしは琥珀ビールが1リットル入ったギガジョッキを3~4杯飲み干してしまいました。
それはともかく、その中で地藏さんから声をかけられ、介護サイトについてもうちょっと考えようと申し出ていただいただけたりもしました。
***
そして翌年1月7日午後4時には地藏さんと介護サイトの方向性に関して非常に重要な助言を得ることができ、コワーキングの可能性について非常に感嘆していたわたしはこのブログを開始することになりました。
初回の記事は、まだ一回しかコワーキングを体験していなかったにもかかわらず『コワーキングすっげー』な内容になっております^_^;。
その中に書いてある『これから実現したいこと』は、この当時の自分には実現不可能なことでした。
ブログの中にも、『「困難であること=不可能なこと」では無いとわたしは信じています。実行しようとする意志があれば、どんなことでも不可能はないと思います。逆に無理だと思った瞬間、どんな夢もただの夢でしか無くなると思いませんか?わたしはこの困難なミッションに挑戦しようと決意しています。』
なーんてかっこつけて書いているんですが^_^;、1年経ってみると実現可能なプロジェクトが起動し、来年にはブログに書いたような施設を始めることができるところまで来てしまっています。
***
すべてがコワーキングの中で揉まれたことが起点になっています。
コワーキングに出会っていなければ、『困難であること』が『困難であること』のまま時間が過ぎていたでしょう。
なぜそれが可能になってしまったのか?
よく分かりません。
自分をオープンにし、他の人たちに役立つかもしれない事を積極的にやってきただけです。むろんわたしもコワーキングの場面にいる方たちに、多くの手助けをいただいています。
そうこうしているうちに、何となくこうなってしまいました。
ということでまとめることもできなくなってきましたが^_^;、最後は一言で締めさせていただきたいと思います。
***
まさかこんな事になるとはっ!
それがコワーキングです。
この記事は「コワーキングアドベントカレンダー2011」に参加しています。
毎日日替わりでコワーキングについて様々な人たちがブログで記事を書き繋いでいます。
ぜひ他の方の記事も読んでみてください!
主催は『「どこでもオフィス」仕事術』を書かれ、今では普通に友達になってしまった中谷健一さんでした。
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なぜそのイベントに突然参加したのか、実は自分でも良く覚えていません。
ノマドという仕事の仕方自体は、1990年代にプアな電池性能しかないノートパソコン(1回の充電で3時間程度しか作業できない)でやり始めてからずーっと継続していたので、その作業のスタイルに名前がついたんだ~程度にした認識していませんでした。
その会の中で行われたショートプレゼンテーションの一つに、松田 顕さんの『世界で拡がる「コワーキング」』というモノがありました。
プレゼンの内容自体はあまり良く覚えていませんが^_^;、正直に言うと「ふーん」以外の感想はありませんでした。
所詮海外の話か?程度の認識でしかなかったんですね。
イベントの最後が交流パーティだったのですが、そこで何人かと名刺を交換。
その中の一人(佐谷さん)から、「明後日(15日)にJellyやるから来ない?絶対楽しいから」と誘われた事から、わたしの運命は大きく方向を変えることになりました。
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12月15日(水)午後6時、わたしは経堂にあるPAX Coworkingに来ていました。
この日から次女の出産のため嫁が産休に入ったというのも良いタイミングだったんだと思います。もし産休入りが16日からだったら、このイベントに参加していなかったんじゃないかな。
コワーキングもJellyもなんなのか全く理解していないながらも、なんとなくノリで参加しただけでしたが、参加者各自が3分間のライトニングトークを始めるあたりから「こりゃ面白しろいや」と感じていました。
わたしがこのときやったプレゼン内容は、介護家族の苦労を軽減するサイト作りみたいな物でしたが、そこでかなりのフィードバックをいただきました。
そしてその後の懇親会。
当時両親の介護が終了したばかりで、そう呑みに行く機会もなかったわたしは琥珀ビールが1リットル入ったギガジョッキを3~4杯飲み干してしまいました。
それはともかく、その中で地藏さんから声をかけられ、介護サイトについてもうちょっと考えようと申し出ていただいただけたりもしました。
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そして翌年1月7日午後4時には地藏さんと介護サイトの方向性に関して非常に重要な助言を得ることができ、コワーキングの可能性について非常に感嘆していたわたしはこのブログを開始することになりました。
初回の記事は、まだ一回しかコワーキングを体験していなかったにもかかわらず『コワーキングすっげー』な内容になっております^_^;。
その中に書いてある『これから実現したいこと』は、この当時の自分には実現不可能なことでした。
ブログの中にも、『「困難であること=不可能なこと」では無いとわたしは信じています。実行しようとする意志があれば、どんなことでも不可能はないと思います。逆に無理だと思った瞬間、どんな夢もただの夢でしか無くなると思いませんか?わたしはこの困難なミッションに挑戦しようと決意しています。』
なーんてかっこつけて書いているんですが^_^;、1年経ってみると実現可能なプロジェクトが起動し、来年にはブログに書いたような施設を始めることができるところまで来てしまっています。
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すべてがコワーキングの中で揉まれたことが起点になっています。
コワーキングに出会っていなければ、『困難であること』が『困難であること』のまま時間が過ぎていたでしょう。
なぜそれが可能になってしまったのか?
よく分かりません。
自分をオープンにし、他の人たちに役立つかもしれない事を積極的にやってきただけです。むろんわたしもコワーキングの場面にいる方たちに、多くの手助けをいただいています。
そうこうしているうちに、何となくこうなってしまいました。
ということでまとめることもできなくなってきましたが^_^;、最後は一言で締めさせていただきたいと思います。
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まさかこんな事になるとはっ!
それがコワーキングです。
この記事は「コワーキングアドベントカレンダー2011」に参加しています。
毎日日替わりでコワーキングについて様々な人たちがブログで記事を書き繋いでいます。
ぜひ他の方の記事も読んでみてください!
